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ベネッセハウスミュージアムの魅力を探る|安藤忠雄

瀬戸内の名建築(香川県)

建築家安藤忠雄の設計によるベネッセハウスミュージアム

ベネッセハウスミュージアムは、直島における最初のプロジェクトであり、「自然・建築・アートの共生」をコンセプトにし、美術館と宿泊施設が併設された滞在型美術館であった。アートの島としてのスタートとなったベネッセハウスミュージアムの魅力をみていきます。

経緯

 
ニキ・ド・サンファル「猫」

直島国際キャンプ場に設置された彫刻


 

 
ベネッセハウスミュージアムは、ベネッセホールディングスが1988年から「人と文化を育てる」をテーマに直島で取り組んできた「直島文化構想」のなかで建設され、開館した直島における第一号の美術館。
 
同構想の一環として1989年にオープンした「直島国際キャンプ場」を監修した安藤忠雄氏に設計を依頼し、施主・設計者・施工業者による度重なる議論を経て実現した。

建物の特徴

直島概略図

直島概略図

最初のプロジェクトとなった滞在型美術館は、三方を海に囲まれた島の南端の岬の上につくられた。

ここに安藤忠雄氏は、自然の景観を壊さないよう注意深く建物を配置し、半分以上の建物が大地に埋め込まれた美術館が実現した。
 
コンクリートの打ち放しに白大理石を乱積みした壁がアクセントとなった外観と豊かな自然を感じられる木々の緑や瀬戸内の海が重なったアプローチと建物そのものがアートとなっていた。
建築家安藤忠雄が設計したベネッセハウスミュージアム
建築家安藤忠雄が設計したベネッセハウスミュージアム

美術館は、長方形や円などの幾何形態の組み合わによる単純明快な構成ですが、その内部は垂直・水平方向に伸びやかに展開し、複雑多様な空間が用意されています。

建築家安藤忠雄が設計したベネッセハウスミュージアム

ベネッセハウスミュージアム図

建築家安藤忠雄が設計したベネッセハウスミュージアム

エントランスの先では、トップライトからの光が印象的なシリンダー状の吹き抜け空間となっており、自然光が艷やかなコンクリート空間に生命を吹き込んでいます。

100生きて死ね

ベネッセハウスミュージアム

ブルース・ナウマン「100生きて死ね」


 

 
福武總一郎氏がサザビーズのオークションで見つけたが、他のコレクターに先を越されて手に入れなかったブルース・ナウマンの「100生きて死ね」。
 
諦めきれずシカゴのコレクターとの直接交渉の結果1年後に購入することができた。
 
建物全体の中心となる3層吹き抜けの円形ギャラリーの大空間にある「100生きて死ね」の存在感は圧倒的である。

「PLAY AND LIVE」「PLAY AND DIE」「TOCH AND LIVE」など生と死を関係付けたネオン管のメッセージが一つずつ点滅し、最後に100個すべてが点灯する色彩的にも綺麗な考えさせられる作品。

ベネッセハウスミュージアム
ベネッセハウスミュージアム

半地下の展示室

洞窟的な雰囲気で始まった空間のシークエンスを一気に開放に向かわせているのは、半地下の展示室。そこは、フローリングの床と白い壁になっており、外部の風景と光の取り入れ方は地形の段差を巧みに活かしていた。

建築家安藤忠雄の設計によるベネッセハウスミュージアム
建築家安藤忠雄の設計によるベネッセハウスミュージアム

斜面地の傾斜を活かして建物の半分を地下に埋めることで、瀬戸内の景観を壊さず、建物の内側からは海への視界が開ける配置を実現させた。
 
地下1階、地上3階は、随所に設けられた大きな開口部や各階を大胆につなぐスロープにより、瀬戸内の景観を内部に取り込むことで、景観を一つの作品としている。

ザ・ワールドフラッグ・アント・ファーム/1990 

ベネッセハウスミュージアム

柳幸典「ザ・ワールドフラッグ・アント・ファーム/1990 」

柳幸典氏は、資本主義社会や既得権益に対して表現の自由を訴えかけ、社会の中で普段意識しない、あらゆる『拘束』について、作品を通して表現する反骨のアーティスト。アメリカで活動していた柳幸典氏の帰国後初の個展を秋元雄史キューレーターが企画。
展覧会を気に入った福武總一郎氏は、色砂でかたどられた国旗が蟻の巣づくりによって侵食されていく「ザ・ワールド・フラッグ・アンド・ファーム1990」を取得し、常設展示とした。

展示替えの禁止

1994年頃になると一定数の作品を確保することができたため、福武總一郎氏は展覧会を企画して展示替えをする必要はないと考え、展示替え禁止を指示した。
担当をしていた秋元雄史氏は、展示替え禁止の指示は出たものの、まだ美術館として作品が揃っておらず、企画展は必要と考えていた。
 
そこで考えられた企画は、屋外や広場などを使用した展示会であった。すなわち、禁止となったのはギャラリーの展示替えであり、建物の内部と外部の境界が曖昧な安藤建築の特徴を上手く活用し通路や広場を使った展示会であった。
 
そして開催されたのが「Oprn Air '94 Out of Boundsー海景のなかの現代美術展ー」であったが、この企画はその後の直島メソッドの出発点となった。
 

この企画で常設作品として残った作品

タイム・エクスポーズド

ベネッセハウスミュージアム

杉本博司「タイム・エクスポーズド」


 

コートヤードにあるコンクリート壁に展示された「タイム・エクスポーズド」。実物の海を挟みこむように立っている安藤建築のコンクリート壁からは実際の海景を望むことができ、夕日が沈むのが見える。そこに世界の様々なところで撮影された杉本博司氏の海の写真が規則正しく壁に並び、本物の海と対比されている。
 
海は場所を超えてつながっていることを伝え、時と場所を超えた海となった。

シップヤード・ワークス

ベネッセハウスミュージアム

大竹伸朗「シップヤード・ワークス」


 

宇和島に残る舟型から制作された彫刻作品。芝生のテラスや海岸に複数展示された。ホテルのカフェから見える船の彫刻は、船底部の先の部分から取られた形を使ったもので、舟底には円形の大きな穴が開いている。そこから、瀬戸内海の島と海を遠くに望むことができる借景の手法を取り入れた作品。

南瓜

ベネッセハウスミュージアムの展示作品の一つ草間彌生「南瓜」

草間彌生「南瓜」


 

「Out of Bounds」展のためにつくられた作品の一つ。来場者から非常に好評であったため、企画展終了後も残されることとなった。
 
草間彌生氏にとって初めてとなった屋外型の彫刻であったため、耐久性のある作品の制作方法がまだ十分確立できていなかった。その後、何度かつくり直しを行い強度を強め軽くしていき、現在の南瓜となっている。

安藤建築を活かした美術館

安藤建築の特徴である厚いコンクリートは外と隔絶しているように見えるが、様々なところに大きな開口部があり、外とつながっていた。それは、日本家屋の家と縁側と庭のような関係で、建物と外部をつなぐ中間領域のような場所であった。
 
通常の美術館の展示室は装飾的要素を排し、どのような作品でも受け入れられるホワイトキューブの部屋となっているが、ここの展示室には瀬戸内の風景を取り入れるための大きな開口部が設けられた美術館となっていた。
 
大きな開口部からは、直射日光が差し込み温湿度は変化し、作品を安定した状況に置くことができなくなる。また、外光が直接入ることで光が大きく変化し、作品の見え方が不安定になってしまう状況となっていた。
 
瀬戸内の自然を活かすため、美術館の機能面をあえて排除した安藤建築であったが、その特徴を運営側が上手く活かす企画を取り組んでいくことで、直島独自の美術館を作り出すことができた。それらの活動が、その後の家プロジェクトや地中美術館など直島メソッドを創り出す原動力となっていった。



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