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豊稔池堰堤(豊稔池ダム)の魅力を探る|ダム設計の巨匠佐野藤次郎

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豊稔堰堤

阿讃山脈を分け入る柞田川上流にある豊稔池堰堤(観音寺市)は、ダム設計の巨匠佐野藤次郎が晩年に設計した日本で唯一のマルチプルアーチ方式ダム。佐野藤次郎が設計した最後のダムは彼の美学と情熱により造られた時代の最先端のダムであった。そのダムの魅力をみていきます。

豊稔池堰堤の構造

豊稔池堰堤

豊稔池堰堤(土木ウオッチングHPより)

豊稔池堰堤は、堤長145.5m堤高30.4mのコンクリート造溜池堰堤で両端部を重力式、中央部が5個のアーチと6個の扶壁(バットレス)からなるマルチプルアーチ式を採用している。日本でも唯一のマルチプルアーチ方式であった。

佐野藤次郎とダム設計

佐野藤次郎のダム設計を極めることができたのは、スコットランドから来たバルトン(ウイリアム・K・バートン)がいたからであった。
バルトンは1887年(明治20年)日本政府の招聘で来日。内務省衛生局の顧問技師として東京市上下水道取調主任を務める傍ら、帝国工科大学(現東京大学工学部)で衛生工学の教鞭を執ります。バルトンは多才な人物で、明治期の上下水道整備に尽力する傍ら、建築技術・設計にも長け、エレベーターを備えた日本初の高層ビル「凌雲閣」を設計。また、写真家としても活動していた。
佐野藤次郎は、帝国工科大学でバルトンから衛生工学を学んだ。卒業後、大阪市の上下水道に従事。大阪市では2年間水道鋳鉄管購入などのためにバルトンの出身地のスコットランドに滞在し、ダムの最先端の技術を学んだ。
Craig Goch Dam

Craig Goch Dam(スコットランド)

佐野藤次郎の設計によるダム

布引五本松堰堤

布引五本松堰堤

神戸市の布引ダムは、原設計をバルトンが実施していたが、人口増加などにより計画変更。その後、佐野藤次郎が参加し修正を加える形で仕上げた。水道専用としては日本初の重力式粗石コンクリート積ダムを1900年(明治33年)に完成させた。堤体表面は奥行45~60cmの切石を型枠として布積みし、頂部に横一直線の歯飾りがある古典様式の風格ある外観となっている。

烏原立ヶ畑堰堤

烏原立ヶ畑堰堤(ダム便覧HPより)

アーチ状に湾曲させた優美な姿である表面張石粗石モルタル積みアーチ型重力式の烏原立ヶ畑堰堤(神戸市)。
佐野藤次郎が設計し、我が国で初めて曲線形の重力ダムとして、1905年(明治38年)に完成させた。

千苅ダム

千苅ダム

表面が石張りの重力式コンクリートダム。堤頂には現存最古のスライトゲートが並んでいる千苅ダム(神戸市)は佐野藤次郎が設計し、1919年(大正8年)に完成した。石張りの堤体斜面を白く波立った水が流れ落ち、美しい景観を呈している。

豊稔池堰堤

マルチブルアーチダムについて

1907年の金融恐慌の影響により、アメリカでは材料費削減が図れるマルチプルアーチダムがヒューム湖に誕生した。普通の重力ダムに比しコンクリート使用量は10分の1で済み経済性の高さが立証されたが、当時の力学では未解決の問題も含んではいた。佐野藤次郎はスコットランドなどでの新工法を体験するとともに、ロンドン土木工師会準員、米国土木工師会会員であったため、アメリカの最新技術であるマルチブルアーチ構造も学んでいた。

豊稔池堰堤新設

佐野藤次郎は木村真五郎技術士の顧問として豊稔池堰堤新設に携わっていった。
1926年(大正15年)に着工となった豊稔池は、当初重力式粗石モルタル造堰堤として進めていたが、基礎掘削の段階で予期せぬ岩盤に達し、工事費用が嵩むことよりマルチプルアーチダムに変更することとなった。これは、工費が20%削減できるという理由からであったが、実際の工事はアーチの外面の築造における施工が困難であったり、作業上の支障が多く能率上多大の損失があったと伝えられている。
 

非常に難しい作業とはなったが、地元の受益農家が主体となった作業組に高知出身の熟練した石工が携わり、入念な施工が施されアーチ内面は段差のない1つの滑らかな面が見られるようになった。また、良質な石が取れるので切石とコンクリートブロックで表面を構成した。
 
豊稔池

豊稔池堰堤(香川県HPより)

 

豊稔池堰堤が、当時はまだ力学的に未知の部分があった最新工法のマルチプルアーチを採用し、意匠要素、堤体表面などの入念なディティールの施工を実現できたのは、佐野藤次郎の新技術に対する熱意や建築に対する美意識、哲学があったのではないであろうか。1930年(昭和5年)豊稔池堰堤は完成したが、佐野藤次郎は前年に病死しており、残念ながら完成した豊稔堰堤を見ることはなかった。
 
豊稔池堰堤は、バルトンの教えやスコットランドでの体験から直接得たダムの美学と佐野藤次郎が神戸のダム設計などを通して積み上げてきた技術の集大成として出来上がった作品であった。

豊稔池ダム

堰堤は、川狭窄部の岩盤上にコンクリート造りで築かれ、両端部を動力式、中央部をマルチプルアーチ式として、下流側に石張の水叩を設けている。
豊稔堰堤
表面が石積みでありながら、もはやコーニスなどの装飾手法は取入れられておらず、堤体の形状自体が持つダイナミックさに、入念な施工による洗練が加わり、シンプルながらも技術自体のレベルの高さで見事な造形を作り出している。
平成6年には外観を損なうことなく、次世代に残すべきダムとして約20億円の事業費にて改修工事がおこなわれている。
豊稔池堰堤
 

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