旧大庄村

武庫川下流東側に位置する大庄村は、昭和初期までは漁業と「尼いも」と呼ばれたさつまいも栽培が盛んな農・漁村で人口は3千人程度でしたが、1929(昭和4)年に浅野財閥が設立した尼崎築港株式会社により臨海地域の大規模な埋め立てが行われ、埋立地に大工場が進出してきたことにより昭和10年代には急速に都市化が進み「日本一裕福な村」「日本一の大村」と称されるまでに発展しました。
新庁舎建設計画
急速に都市化した大庄村では、それまでの木造の村役場が手狭になったことから1932年に新庁舎の用地を取得し、大庄村の建築技師福井裕氏の設計により、2階建ての新庁舎を建設することとなった。
ところが、1934年9月の室戸台風により大庄村は大被害を受け、庁舎計画は一旦白紙となりました。

室戸台風による高潮(大庄地区)
1936年災害復旧と復興が進んだため、新庁舎建設事業が再開されることとなりました。この時、大庄村は新たに村野藤吾氏に新庁舎の設計を依頼しました。
大庄村が村野藤吾氏に設計を依頼した理由は定かではありませんが、大庄村に工場を有していた中山製鋼所社長の中山悦治邸を村野藤吾氏が設計した縁などが考えられています。
建築家 村野藤吾
昭和の建築史の礎を築いた巨匠
折衷様式建築の修練を積み,近代的な表現技法と,伝統的な建築素材のもつ濃やかな情感を体験として探り当て、古典に近代感覚を自由に盛り込んだ作風と、熟達した実務派として高い評価を得た日本を代表する建築家。
1891年 佐賀県生まれ
1910年 八幡製鐵所入社
1913年 早稲田大学理工科電気工学科入学
1915年 早稲田大学建築学科へ転学
1918年 渡辺節建築事務所入社
1925年 ダイビル本館
1928年 日本基督教団南大阪教会塔屋
1929年 村野建築事務所設立
1930年 欧米に遊学
1931年 綿業会館
1931年 森五商店東京支店
1932年 加能合同銀行本店
1935年 そごう百貨店大阪本店
1936年 大丸神戸店
1937年 宇部市渡辺翁記念館
1949年 村野・森建築事務所へ改組
1984年 11月26日 永眠

村野氏が初めて手掛けた個人邸の中山悦治邸(1934年)
大庄村役場の設計
村野藤吾氏にとって大庄村役場の設計は、独立後初めて手掛けた庁舎建築として記念碑的な意義を有する建築物であった。同時期に手掛けられた宇部市渡辺翁記念館と同様に、随所に村野藤吾氏の建築思想が反映されたものとなっています。
外観
戦前の日本の役場は左右対称の外観で威厳のある建物が主流であった。ヨーロッパを見学旅行してきた村野藤吾氏は、そのときに見た建築物のなかでストックホルム市庁舎に最も感銘を受けています。ストックホルム市庁舎は、100mを超える高い塔とともに、回廊で区切られた公開屋外広場が特徴的です。

ストックホルム市庁舎



外壁

宇部市渡辺翁記念館
レリーフ
当時の主流は左右対称であったり、合理性を追求したモダニズム建築で、装飾を排除する傾向が強かったが、ここでは様々なレリーフで装飾をつけています。

ギリシャ神話のグリフィン

北欧風レリーフ

鳩とオリーブのレリーフ
室戸台風の被害にあった大庄村の復興の象徴として建てられた大庄村役場には、ノアの方舟に由来したレリーフがあります。一つは玄関上部に飾られた「鳩とオリーブ」のレリーフ。もう一つは貴賓室にある暖房機パネルに描かれた「ぶどう」です。
ノアの方舟における「ハトとオリーブ」
人間の堕落した行状に怒った神は、大洪水をひき起こすことを決意し、このとき正直者のノア一家だけに難を逃れるための方舟作りを許可します。そして、洪水が起きたとき、ノア一家は方舟に乗り、アララト山の頂上にたどり着いて、新たな人類の歴史を記すことになります。
アララト山頂に到着したとき、地上の様子を調べるため、ノアはハトを放ちました。ハトがオリーブの若葉をくわえて戻ってくるのをみて、ノアは洪水がひいたことを知り下船できる明るい希望をいだいたのです。

貴賓室にあるぶどうのレリーフ
ノアの方舟における「ぶどう」
洪水が終わって、土が乾くと、方舟に乗っていた生物は地上に放たれます。創世記第9章には、こうあります。「さてノアは農夫として初めてブドウを植えた。彼はブドウ酒を飲んで酔っ払い、天幕の中で裸を出していた……」
階段
村野藤吾氏のこだわりが見える弧を描く階段。

1階から2階への階段

2階から3階への階段

日生劇場
村野藤吾氏は「階段の魔術師」との異名をとるほど階段や階段の手すりにこだわった建築物をたくさん残しています。
大庄村役場の階段でも階段が緩やかに弧を描き、その曲がり方も階によって微妙に異なり村野藤吾氏の階段へのこだわりを感じることができます。
旧大庄村役場基本情報
規模は小さいですが、初期の村野建築を十分楽しむことができる施設です。係員に申し出ることで、二階の貴賓室などの見学をすることができます。(イベント等で利用中は見学不可)
電 話 :06-6416-0159
休館日 :祝日・年末年始
開館時間:9:00~21:00(日曜日は17時まで)
駐車場 :あり

オリーブの木の透かし彫り
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村野藤吾作品
瀬戸内には1950年代から60年代にかけての丹下健三の初期の名建築が点在しています。初期の作品はル・コルビュジエの影響を色濃く受けながら、日本的要素を融合させた作品からブルータリズムへと転換していく過程を楽しむことができます。
高松市には1950年代から70年代前半にかけてのモダニズム建築が点在しています。香川県庁舎から始まった戦後復興はル・コルビュジエの影響を色濃く受けながらも、次第に地元の風土に根ざした建物へと転換していく過程を楽しむことができます。