建築家フランク・ロイド・ライトによる旧山邑家住宅

建築家フランク・ロイド・ライト経歴

1867年 アメリカウィスコンシン州生まれ
1885年 ウィスコンシン大学入学も中退
1889年 キャサリン・トビンと結婚
1905年 日本に来日
1913年 帝国ホテル新館のため訪日
1917年 日本に再来日 
1922年 米国に帰国 
1936年 落水荘竣工
1939年 ジョンソンワックス社事務所棟
1959年 永眠
1959年 ソロモン・R・グッゲンハイム美術館

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館

ソロモン・R・グッゲンハイム美術館

ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デルローエと並び近代建築の三大巨匠と称されています。
ライトは、アメリカ出身の建築家で、シカゴを中心に活動し、「有機的建築」という建築理念を提唱し、周りの自然環境と建築を融合しているのが特徴です。

エドガー・カウフマンの邸宅(落水荘)

エドガー・カウフマンの邸宅(落水荘)
アメリカ・ピッツバーグ

 
自由学園明日館

自由学園明日館(1921年)

F.L.ライトが生み出そうとした建築は、アメリカの広い草原に建つイメージのプレーリースタイル(草原様式)でした。それは、建築という形から開放し、外部空間をつなげる表現として屋根を低く抑え、建物が水平に広がる西洋と東洋と現代が融合する新しいタイプの建築です。左右対称で横に広がる姿は、シカゴ博物館で出会った日本建築(平等院鳳凰堂)を思わせます。
 

平等院鳳凰堂

平等院鳳凰堂

 

また、かなりの日本フリークで、浮世絵の歌川広重の大コレクターにしてディーラーでもあり、日本には1905年の初来日を含め7回の来日経験があります。なお、F.L.ライトの建築がアメリカ以外で実現したのは日本とカナダだけとなっています。

F.L.ライトは、ニューヨークの東洋美術商に勤務していた林愛作と浮世絵を通じて旧知の間柄であったが、林愛作が帝国ホテル7代目の支配人として着任。新館計画に際し林愛作がF.L.ライトに依頼したのであった。
F.L.ライトは、1910年代初頭に私生活でのトラブルなどがあり、アメリカでの建築家としての活動が暗礁に乗り上げていたこともあり、日本での活動に没頭しました。
日本でのF.L.ライトの弟子には、遠藤新、アントニン・レーモンド、土浦亀城、田上義也などがおり、日本の近代建築に大きな影響を与えています。

 
名所絵 『東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺』

歌川広重名所絵
『東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺』

旧山邑家住宅

設計の経緯

灘五郷の一つ魚崎郷の山邑酒造㈱(現櫻正宗㈱)8代目当主山邑太左衛門が建てた別邸。別邸建築に際し、山邑太左衛門の娘婿星野二郎と東京帝国大学時代の友人であった遠藤新を通じてF.L.ライトに設計を依頼しました。
1918年にF.L.ライトは基本設計を行うも、帝国ホテル工事遅延や予算面の問題などがあり1921年に米国に帰国。F.L.ライトの基本設計を基に実施設計を遠藤南建築創作所がおこない1923年に着工し1924年竣工しました。

 
旧山邑家住宅
 
旧山邑家住宅
 
建築家フランク・ロイド・ライトによる山邑家
 

旧山邑家住宅は、住宅への入口アプローチから始まっています。敷地に入ってすぐに玄関ではなく、敷地内の長い導入路をたどりながら右手にある住宅を鑑賞し、玄関にたどり着くようにデザインされています。

立地環境

建築家フランク・ロイド・ライトによる旧山邑家住宅
 

本建物は、芦屋川東岸の六甲山地からのびる丘陵の斜面を上手く利用して、階段状に建てられています。大阪湾を見下ろす屋敷は、F.L.ライトの卓越した空間構成力を感じさせます。4階建でありながら、どの断面も1階または2階までの構造となっています。
丘陵の斜面との一体化により、敷地から見える三方の風景を最大限に取り込んでいます。

旧山邑邸
 
旧山邑邸
 
旧山邑邸

旧山邑家住宅室内

応接室

F.L.ライトは、建築を総合芸術とみなし、室内装飾にも強い関心を持っていました。壁画、彫刻、家具、敷物から照明器具や食器に至るまでを自らの手でデザインし、常に建物と室内の調和を図っていました。

旧山邑邸応接室

応接室は、これこそF.L.ライト建築と思うほどの見事なデザインとなっています。長椅子や照明、柱に棚など細部にまでのこだわりが垣間見えます。
 

旧山邑邸応接室

応接の窓は、緑を絵画のように切り取られており、緑の借景を見事につくっています。

旧山邑邸応接室

3階和室と廊下

建築家フランク・ロイド・ライトによる旧山邑家住宅の和室
 

F.L.ライトの設計には無かったが、山邑太左衛門の強い要望により3階に三室続きになっている畳敷きの和室はつくられました。F.L.ライトはすでにアメリカへ帰国しており、この和室の設計には関わっていません。弟子たちがF.L.ライトの高弟である遠藤新氏や南信氏の配慮で実現したとされています。F.L.ライトの意を汲み取り、飾り銅板を欄間に使うなどの工夫を凝らしつくられています。
 

建築家フランク・ロイド・ライトによる旧山邑家住宅

和室の西側廊下の窓には、葉をモチーフにした「飾り銅板」が使用されています。銅版に透かしを入れることによって。葉の隙間から射し込む木漏れ日のような効果を演出しています。F.L.ライトが手掛けた各建築物にはそれぞれに象徴的なものをつくっていたが、この飾り銅板が当建物の象徴となっています。

旧山邑邸
 
F.L.ライトは室内設計にあたって物入れ・棚などはもちろん長椅子までも作り付けにし、統一感のある端正な空間構成を目指しました。
 
フランク・ロイド・ライトの建築による旧山邑家住宅

長い廊下の大きなガラスに施されている飾り銅板

 
三階の長い廊下は大きなガラス窓によって、とても明るくなっており、「室内を屋外と関連させ、外に向かって自由な開放を得るため」というF.L.ライトの考えに基づいています。
旧山邑邸
 
3階家族寝室には復元された机と椅子が展示されています。当時の家具はひとつも残されていませんが、当時はこの建物にあわせて設計された家具が複数ありました。F.L.ライトは、家具は暮らし方を形にした室内空間を構成する大きな要素であり、欠くことのできないものとの考えがありました。
旧山邑邸

4階食堂

フランク・ロイド・ライトの建築による旧山邑家住宅
フランク・ロイド・ライトの建築による旧山邑家住宅

食堂は、天井まで施された木枠のデザインが印象的です。ここにも応接と同じく暖炉があり、部屋全体が暖炉を中心にシンメトリーに装飾されています。

建築家フランク・ロイド・ライトによる旧山邑家住宅の和室
建築家フランク・ロイド・ライトによる旧山邑家住宅

ヨドコウ迎賓館概要

F.L.ライトの建築当初の姿をほぼ完全に残す住宅建築は、日本にはこの旧山邑家住宅のみです。この貴重な建物を大切に管理されているのは、㈱淀川製鋼所です。1947年㈱淀川製鋼所が取得し、1989年より「ヨドコウ迎賓館」として一般公開しています。また、芦屋市は、1998年に六甲山地の緑と一体化したこの景観を損なわないために、本建物の北側の土地を買い上げて、山手南緑地として整備し、景観を保護しています。企業と行政が一体となって、地域の歴史的建築物の保全活動が行われております。

フランク・ロイド・ライトによる旧山邑家住宅
所在地 :兵庫県芦屋市山手町3-10
電 話 :0797-38-1720
開館日 :水・土・日曜日と祝日
開館時間:10:00~16:00
     (入館は15:30まで)
駐車場 :あり
フランク・ロイド・ライトによる旧山邑家住宅

Related Area

尼崎市役所

尼崎市役所

旧甲子園ホテル

旧甲子園ホテル

旧大庄村役場

旧大庄村役場

六甲枝垂れ

六甲枝垂れ

 

Kenzo Tange

瀬戸内には1950年代から60年代にかけての丹下健三の初期の名建築が点在しています。初期の作品はル・コルビュジエの影響を色濃く受けながら、日本的要素を融合させた作品からブルータリズムへと転換していく過程を楽しむことができます。

Yoshio Taniguhi

香川県にある猪熊弦一郎現代美術館、東山魁夷せとうち美術館はともに谷口吉生氏による設計です。ニュヨーク近代美術館や豊田市美術館など国内外の美術館に携わった美術館の巨匠の世界を香川の美術館を通じて楽しみませんか。