李禹煥美術館は、海と山に囲まれた谷間にある倉浦の浜に自然と建物と作品が呼応しながら静かに佇んでいます。その静けさは、妥協を許さないアーティスト李禹煥と建築家安藤忠雄が互いの世界を響き合わせてつくられた空間であった。李禹煥美術館の魅力をみていきます。
李禹煥(リ・ウファン)
線より
1936年 韓国慶尚南道生まれ
1956年 ソウル大学校美術大学中退
1961年 日本大学文理学部哲学科卒業
日本とヨーロッパを中心に活動している国際的評価の高いアーティスト
東洋と西洋のさまざまな思想や文学を学んだ後1960年代から現代美術に関心を深め、60年代後半から「もの」相互の関係性に意識を向けた制作に取り組む。石やガラスによって作品を制作したほか、70年代初頭からは平面作品も制作し「線より」「点より」のシリーズを発表。
李禹煥氏の特徴は、手を加えることを最小限に抑え、余白の広がりと空間の存在を感じさせるところです。
もの派
「もの派」とは、60年代後半から70年代前半に自然物と人工物を用いた作品を制作した作家グループを総称。彼らの作品は、「もの」をできるだけそのままの状態で作品の中に並列して存在させ、それら自体に語らせることを目的として制作された。そして、鑑賞者に作品と向かい合 うことによって作品と自らの関係性を認識させています。
「もの派」は、作家のコンセプトの実現を命題とする西欧的な制作の姿勢を避け、作らない要素を作品に取り入れることを重視してきました。彼らは、自分が支配的になるのではなく自ら作ることができない自然物や産業用品を作品に取り入れて、それらを結びつけていくことを目指したのである。
李禹煥美術館の特徴
入口からエントランスを結ぶ鋭角にすすむ長いアプローチと高さ6m、長さ50mのコンクリート壁。視線の先にある「柱の広場」には、李禹煥の作品である「関係事項一点線面」の一部としてオベリスクのようなコンクリート製の18.5mの柱が立っています。アーティスト李禹煥氏と建築家安藤忠雄氏による静寂な空間が緊張感を持って迎い入れてくれる。
李禹煥氏は自然の代表物、あるいは宇宙を感じさせるものとして石をとらえ、石から生成される鉄やコンクリートといった素材を自然石とともに空間に配置することで、人間と自然の対話を促しています。
2007年に安藤忠雄氏に直島に連れて来られた李禹煥氏は、安藤忠雄氏から「何かつくりたい空間ぐらいあるだろう」と聞かれ、昔から洞窟のようなものに関心があったことを思い出し、アルタミラの洞窟を思い浮かべたが、美術館構想は全くの白紙から始まった。
李禹煥氏が目指したのは、洞窟のような美術館で半開きの空が見え、胎内へ戻るような空間であった。これに対し安藤忠雄氏は、李禹煥氏が着想した3つの箱の展示空間を屋根を持たない三角形の広場でつなぐプランを提案した。
「関係項-点線面」 2010
前庭の正面にあるコンクリートの壁は、建物ではなくアプローチのためのスロープとなっており、3枚の壁が平行に並べられ、壁は奥に行くほど90cmずつ高くなっています。
太さ40cm高さ18mのコンクリート製の柱は、当初の計画にはなかった。安藤建築の線が横に走る力強い3枚の壁があったことから、李禹煥氏は縦の線を足して空間を動かそうと考え提案した。
技術的に難しく安藤忠雄氏は制作することに対して恐ろしさすら感じたそうだが、困難な作業の末に完成した時には、関係者一同で空間の素晴らしさを感じ喜びあった。
「無限門」 2019
ヴェルサイユ宮殿の李禹煥展覧会
李禹煥美術館「無限門」2019
2014年に開催されたヴェルサイユ宮殿の李禹煥展覧会にて大型アーチを初めて制作。 李禹煥氏は、フランスではできなかった存在感、想像力のあるものをつくりたいと考え、直島でも挑戦したいと安藤忠雄氏に相談して実現した。
自然石に挟まれたステンレスのアーチと長さ25m、幅3mのステンレスを道として、地上から海へ、海側から地上へと誘う大きな門がつくられた。
アーチの下にある回廊を歩くことによって身体感覚を呼び覚ましてくれる。アーチから海の方に向かって歩いたり、または海側から山の方に戻ってきたリ、行ったり来たりして空間を体験することで、自分が大地とつながり、宇宙の無限性に出会うことができるのである。