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瀬戸内で楽しむル・コルビュジエの「モダニズム精神」

瀬戸内のモダニズム建築

瀬戸内にあるモダニズム建築

広島県庁舎(日建設計工務)

(1956年竣工)

瀬戸内には、ル・コルビュジエに師事した前川國男や深く憧憬してきた丹下健三、増田友也などル・コルビュジエのモダニズム精神を受けた建築作品が多数あります。瀬戸内にある日本の新世代を築いてきた建築家たちの「モダニズム精神」を感じられる建築を紹介いたします。

 
瀬戸内にあるモダニズム建築の地図

ル・コルビュジエ

ル・コルビュジエ(1887~1965)は、1914年にそれまでの石やレンガによる西欧の伝統建築とはかけ離れた、スラブ、柱、階段のみが建築の主要要素だとするドミノシステムを考案。
機能性を信条としたモダニズム建築を提唱しました。1926年には、「新しい建築の5原則(ピロティ、自由な平面、自由な立面、独立骨組みによる水平連続窓、屋上庭園)」を提示。
その理念を体現した最高傑作が「サヴォア邸」と言われています。1930年代には「現代建築国際会議(CIAM)」のリーダーとしても活躍し、いくつもの都市計画を提案しました。

ドミノシステム図面

ドミノシステム

サヴォア邸

サヴォア邸

ル・コルビュジエの打ち放しコンクリートの「スイス学生会館」
スイス学生会館

スイス学生会館(1930年)

ル・コルビュジエの建築が直角な箱型を崩し、彫塑的な様相を呈してくるのは、1945年に設計されたユニテ・ダビタシオン(竣工1952年)以降のことである。晩年には後期の最高傑作と言われているロンシャンの礼拝堂(竣工1955年)に見られるような有機的で自由な造形的な建築物も手掛けました。

ロンシャンの礼拝堂

ロンシャンの礼拝堂

ユンテ・ダビシオン

ユニテ・ダビシオン

日本ではル・コルビュジエの下で直接学んだ前川國男、坂倉準三と吉阪隆正の3人の弟子やル・コルビュジエの近代建築国際会議(CIAM)に参加した丹下健三など戦後復興期から高度経済成長期に日本の近代建築の中心的存在となった建築家たちがル・コルビュジエのモダニズム精神を取り込んでいきました。


旧宇部市民会館

(現:渡邉翁記念会館)
建築家村野藤吾(宇部市1937年竣工)

 
村野藤吾は、九州・小倉の工業学校の機械科を卒業し、八幡製鉄に就職したあと、 一念発起して早稲田大学の電気工学科に進み建築学科に転科した。
卒業は27歳、建築家として晩生のスタートだった。折衷主義の名手として知られた渡辺節の事務所で手腕を高め、 独立した1928年(昭和3年)には37歳になっていた。
渡辺事務所時代から力量は定評があり、装飾的な表現に長けていたが、 同時代のル・コルビュジエらによるモダニズムにも強い関心を抱き、 近代建築家としては独自の作風を確立して行った。1930年のヨーロッパ旅行で村野藤吾はル・コルビュジエの作品集を購入。
旧宇部市民会館はル・コルビュジエの国際連盟コンペ案の影響を受けたともいわれています。
 

旧宇部市民会館

戦後復興と民主主義

広島平和記念資料館

建築家丹下健三(広島市1952年竣工)

 
広島平和記念資料館は、1949年「広島平和記念都市建設法」が衆参両院満場一致で可決し、核兵器廃止と世界平和の実現を願う戦後復興の象徴としてはじまりました。そして、ル・コルビュジエの都市計画からインスピレーションを得た丹下健三氏による設計コンペ案が、審査員岸田日出刀らの賛同を得て選ばれた。ここから戦後の近代モダニズム建築はスタートしました。

丹下健三は、旧制広島高等学校在学中にル・コルビュジエのソヴィエトパレス計画を知り感動し、建築家に進む道を決意。そのソヴィエトパレス計画は丹下健三の平和記念公園と原爆資料館設計の源となり、被爆者への鎮魂と世界平和への決意を空間として表現し、建築家丹下健三の出発点となりました。

ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家丹下健三による平和記念資料館
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家丹下健三による平和記念資料館
原爆ドームをアイストップとする公園全体の構成は、ル・コルビュジエのソヴィエトパレス構想が源となった。また、建物のピロティの柱は太く力強いものとなったが、当時建築中であったユニテ・ダビタシオンの柱から着想を得ている。
 

1952年のGHQによる占領が終わり、日本の独立による新しい時代が到来。地方においても、空襲などによって喪失していた庁舎の復興がはじまった。それは、新時代にふさわしい民主主義で市民に親しみの持たれる庁舎が求められた。
 

広島県庁舎 

日建設計工務 薬袋公明(広島市1956年竣工)
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家薬袋公明による広島県庁舎

広島県庁舎は、広島の戦災復興を特徴付けるモダニズム建築。合理的な機能配置に基づく平面プラン、構造体を小さく開口部は大きく見せるデザインとなっている。横長の窓、鉄が多用された建具の風合い等、シンプルな中に見どころの多い建物となっています。

ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家薬袋公明による広島県庁舎

 


岡山県庁舎

前川國男(岡山市1957年竣工)

岡山県庁舎は、ル・コルビュジエに師事した前川國男により名実ともに日本一の模範的県庁舎を目指しつくられた。スチールサッシのカーテンウォールやピロティなどは近代的かつ県民に開かれた庁舎を生み出した。

ル・コルビュジエを師事した前川國男による岡山県庁舎
ル・コルビュジエに影響を受けた前川國男による岡山県庁舎

香川県庁舎

丹下健三(高松市1958年竣工)

香川県庁舎は、ル・コルビュジエが提唱した近代建築の5原則を取り入れた庁舎。色使いもル・コルビュジエの影響がみられる。モダニズム建築と日本の木造建築様式を大胆に融合させた完成度の高い作品となっており、戦後民主主義における庁舎建築のあり方を示した。

ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた建築家丹下健三による香川県庁舎
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた建築家丹下健三による香川県庁舎
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた建築家丹下健三による香川県庁舎

丹下研究室がデザインした家具や石灯籠、主担当者の神谷宏治による南庭の設計、猪熊弦一郎による壁画などはモダニズム建築と和風をみごとに融合させています。
 


今治市庁舎

丹下健三(今治市1958年竣工)

今治市庁舎を手がけた丹下健三は、第8回CIAM大会(1951年)に参加しテーマであった「都市のコア」に取組んでいた。今治市庁舎と今治市公会堂は複数の建物が形成する広場によって、今治港からの軸線を受け止める市民広場として都市との関係を取り持つように構想された。

ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家丹下健三による今治市庁舎

正面(北側)から

市庁舎正面の折板構造の壁面の奥まった位置に、南向きの開口部が確保された。開口部と隣り合う壁は、日除けの役割を担うが、これはル・コルビュジエが南仏やインドで用いた「ブリーズ・ソレイユ」に起源が見出せる。正面外壁は、陰影の深い立体的な格子を形作り、打ち放しコンクリートが強い表情を見せる。

ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家丹下健三による今治市庁舎

南側から

今治市公会堂

丹下健三(今治市1958年竣工)

ル・コルビュジエは1955年ロンシャンの礼拝堂を竣工させ白い箱から壁表現へスタイルを旋回していった。丹下健三も故郷の今治市公会堂で美しいプロポーションの折板構造を実現させた。

ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家丹下健三による今治市公会堂
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家丹下健三による今治市公会堂
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家丹下健三による今治市公会堂

旧倉敷市役所

丹下健三(倉敷市1960年竣工)
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家丹下健三による旧倉敷市役所
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家丹下健三による旧倉敷市役所

旧倉敷市庁舎は丹下健三による設計。丹下健三はこれまでの弥生的な繊細な表現から縄文的な荒々しい建築表現を前面に出した作風へと変化させていった。
 


高度経済成長期へ

戦災で焼失した県庁舎などの新設は一巡し、戦後復興的な施設から芸術文化的施設が人々の集いの場として計画されていった。モダニズム建築の新たな表現の場となった。

 

旧岡山県総合文化センター

(現:岡山県天神山文化プラザ)
前川國男(岡山市1961年竣工)
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家前川國男による旧岡山総合文化センター
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家前川國男による旧岡山総合文化センター
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家前川國男による旧岡山総合文化センター
前川國男には数少ないル・コルビュジエの作風を忠実に再現した作品。色彩、ピロティそしてファサードに至るまでル・コルビュジエの後期の意匠にひときわ強く影響されたデザインが多く見られる。

鳴門市役所

増田友也(鳴門市1963年竣工)
鳴門市庁舎は、ル・コルビュジエに深く傾倒した京都大学の教授増田友也が設計。青壁をグリッド線状に配し、カーテンウォールで覆われた庁舎は市民から親近感を持てるものとなっていた。2024年5月に竣工予定の新庁舎建設中であり正面入口は閉鎖されている。
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家増田友也による鳴門市役所
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家増田友也による鳴門市役所
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家増田友也による鳴門市役所

旧岡山美術館

(現:林原美術館)
前川國男(岡山市1963年竣工)
旧岡山美術館(林原美術館)は、前川國男が初めて手がけた美術館。入口門は、明治末に移築された本瓦になまこ壁の格式高い長屋門。石垣の上にはコンクリートとレンガという異なる素材を組み合わせた壁面。美術館内は、中庭を中心に連続した回遊性を重視した構造となっており、モダニズムと日本の伝統を融合した建築となっていた。
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家前川國男による林原美術館
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家前川國男による林原美術館
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家前川國男による林原美術館

旧香川県立図書館

(現:香川国際交流会館=通称アイパル)
芦原義信(高松市1963年竣工)
芦原義信は、ル・コルビュジエに師事した坂倉準三事務所に入所後、ハーバード大学大学院への留学やマルセル・ブロイラーに入所するなどモダニズム建築の最前線を学んできた。2階はスキップフロアとし流動性を高めた構造となっている。石組の造形は彫刻家流政之がてがけている。
 
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家芦原義信による旧香川県立図書館
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家芦原義信による旧香川県立図書館
ル・コルビュジエの影響を色濃く受けた瀬戸内の建築の一つである建築家芦原義信による旧香川県立図書館
 

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