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瀬戸内で楽しむル・コルビュジエの「モダニズム精神」 後編

瀬戸内にあるモダニズム建築

鳴門市文化会館群(増田友也)
(1975年~1982年竣工)

瀬戸内のモダニズムを楽しむ

瀬戸内には、ル・コルビュジエのモダニズム精神を受けた建築作品が多数あります。時代ととにモダニズムだけでなく、地域の文化や歴史を取り入れた作品がでてきます。後半では、瀬戸内にある日本の新世代を築いてきた建築家たちの「モダニズム精神の変化」を感じれる建築を紹介いたします。

 
瀬戸内にあるモダニズム建築の地図

モダニズムからの発展・多様化

コルビュジエの後期ではブルータリズムへと作風が変化していきました。ブルータリズムとは、(フランス語で生のコンクリートを意味する)「béton brut(ベトン・ブリュット)」と呼んだコンクリートによる荒々しい仕上げを特徴とする建物様式のことです。
「ロンシャンの礼拝堂」と共にル・コルビュジエ後期の代表作の「ラ・トゥーレット修道院」は、モダニズムの合理主義的な建築ではなく、直線で表現されている部分が多く、その分迫力を持った独特のダイナミックさが感じられます。

国立代々木競技場第一体育館

国立代々木競技場第一体育館(1964年:東京)
丹下健三

ラ・トゥーレット修道院

ラ・トゥーレット修道院(1960年)

旧京都会館

旧京都会館(1960年:京都)
前川國男

ル・コルビュジエの写真
ル・コルビュジエと前川國男

前川國男建築設計事務所にて

1951年63歳で初めて訪れた混沌のインド。その後23回インドへ渡り、チャンディーガルとアーメダバードを中心に携わってきたインドの建築都市計画プロジェクトではル・コルビュジエが唱えた「輝く都市」「アテネ憲章」の理論に基づいて実現。非対称性の中に空間としての視覚的な均衡による近代的な手法や奔放でダイナミックな空間が用いられ、建築家たちに多大な影響を与えた。1955年には国立西洋美術館の設計のためチャンディーガルから来日をはたしました。その後、9枚の実施設計図が送られてきましたが、そもまま施工できる状態ではなかったため、弟子である前川國男、吉阪隆正、坂倉準三が協力しつくりあげました。

チャンディーガル議事堂

チャンディーガル

国立西洋美術館


東京オリンピックが開催された1964年前後から日本は戦後復興期から高度経済成長期へと突入していきます。また、ル・コルビュジエは1965年に亡くなりモダニズム建築の指標を失ってしまいます。その後はル・コルビュジエの精神を受け継ぎながらも、地域の特徴などを活かした独自の手法を加味した作品が生まれてきます。

倉敷国際ホテル

浦部鎮太郎(岡山県倉敷市1963年)

コンクリート打ちっ放しの急勾配の庇と、それよりも背の低い白壁が、上下に連なる構成。浦部鎮太郎は、若い頃オランダの地域性豊かな近代建築のあり方に接し、時代を超えたその土地特有の建築表現に強く惹かれていた。しかし、倉敷の街並みから着想を得たうえで、それを安易な引用にとどめなかったところに、浦部鎮太郎の独自性があった。丹下健三とは異なる「伝統と創造」の道を歩んでいきました。
 

 

香川県文化会館

大江宏(香川県高松市1965年)

鉄筋コンクリート造りの近代建築の様式美に、檜、杉、松の木材を取り入れ、芸能ホール、茶室、和室などの日本建築の伝統美を新な形で表現した「混在併存」を香川文化会館で実現させました。
 

旧香川県立体育館

丹下健三(香川県高松市1964年)

国立代々木競技場と同時期につくられ同じ吊り屋根構造。ここでは和船をイメージした造形と彫刻的なブルータリズムの要素を加えた力強い作品となっています。新アリーナの建設により解体が計画されています。

 
 

今治市民会館

丹下健三(愛媛県今治市1965年)

今治市庁舎・公会堂の同一敷地内にて公会堂と向き合う形でつくられました。市庁舎・公会堂とは対照的に柱・梁のラーメン構造に大きなガラス面と庇を付加したデザインを採用し、広場との一体感を強調した作品となっています。
 

今治市民会館

津山文化センター

川島甲士(津山市1965年)

市民のためのホールとしてつくられた津山文化センターは、徹底的に反復された片持梁とPC製の斗栱は、日本の伝統的な様式をモダニズムと融合させた力強い建物となっています。
 

 

愛媛民芸館

浦辺鎮太郎(愛媛県西条市1967年)

愛媛民芸館

窓格子上の庇は「浦辺庇」とも呼ばれ、他の浦辺建築にも見受けられる統一されたデザインや正方形の黒い瓦板をタイルのように使用し、角度をつけることで水切りの機能も果たしています。
旧陣屋跡の堀に囲まれた一面に建つ土蔵造りのただずまいは、モダニズム建築とは一線を画すデザインとなっていました。

旧戦没学徒記念館

現若人の広場公園

丹下健三(兵庫県南あわじ市1966年)

旧戦没学徒記念館は、学徒勤労員や学徒出陣で亡くなった人を追悼する国内唯一の施設。丹下健三の平和に対する強い想いが伝わってきます。HPシェルの記念塔や記念館と展望台の軸線上での鼓型が向かい合う構図は、丹下健三の特徴がよく現れています。
 
 

新居浜農業協同組合会館

大髙正人(新居浜市1967年)

前川國男に師事し、東京文化会館で主担当であった建築家大髙正人が設計。独立後は数多くの農協建築を設計しているが、四国では唯一の農協関連施設。空中架構方式によりブルータリズム的な力強さと自由な平面を実現しています。

新居浜農業協同組合会館

坂出市人工土地

大髙正人(香川県坂出市1968年~)

坂出市人口土地

近代都市が抱える劣悪な住環境などの問題を新たな技術と都市理論によって解決しようとする動きの中で、人工土地の概念を都市や建築の領域に初めて持ち込んだのはル・コルビュジエによる提唱でした。
日本で唯一となった人口土地は、大髙正人により坂出市人工土地としてつくられました。1階を店舗としピロティにて立ち上げ、2階の床を大地として各集合住宅がつくられました。
 

 

山口県立図書館

鬼頭梓(山口県山口市1972年)

鬼頭梓は、前川國男の事務所にて、神奈川県立図書館・音楽堂や国立国会図書館などを先輩の大髙正人などと担当。
山口県立図書館は打ち込みタイル、ガラス、コンクリートの組み合わせによる重厚感もありながら、軽みのある外観は日常に溶け込んでいます。内部の吹き抜けホールは印象的です。

 

 

市営基町高層アパート

大髙正人(広島県広島市1972年~)

市営基町高層アパートは15,000人を収容する巨大な「まち」として構想された。設計は坂出市人工土地の実績により指名された大髙正人。ル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオンの影響が随所で見られます。
 
 

香川県立丸亀高校武道館

大江宏(香川県丸亀市1973年)

香川の名建築の一つ香川県立丸亀武道館

金子香川県知事から丸亀高校の全面的な建て替えを依頼されて大江宏が校舎、体育館とともに武道館を設計。屋根は日本瓦の切妻でコンクリートの柱・梁を用いて日本の伝統的な木造建築の意匠を表現しています。
 

瀬戸内海歴史民俗資料館

山本忠司(香川県高松市1973年)

山本忠司は、金子香川県知事のもと丹下健三をはじめとした県内の施設の主担当として建築設計に携わってきた香川県技官。本作品ではイサム・ノグチからの助言を得ながら地元に根ざした施設をつくりあげました。
 

鳴門市文化会館群

増田友也(徳島県鳴門市1975年~)

京都大学教授増田友也は、哲学的建築理論を構築する一方でル・コルビュジエに傾倒。鳴門市の塩田跡を開発した鳴門市文化会館群はインドのチャンディーガルをイメージしたのかもしれない。 
 

 

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